不登校からの進学、本人の意思を尊重して退学を決断した体験談

退学の体験談
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この体験談は不登校から進学後、退学した体験談です。
環境を変えて うまくいく場合もありますが、退学、転校する場合もあります。

読んでいただけるとわかりますが、けっしてネガティブなだけの内容ではありません。
とても大きな決断です。自分で決めて伝える。家族が本人の意思を尊重する。
長い目で見ると次に進むための選択です。

推薦入学で普通高校に進学しましたが、規則が厳しいうえに友達となじめず不登校になりました。

それでも高校は卒業してほしいという私の意見を考慮してくれて、いろんな定時制や公立、私立通信制高校などの資料を請求し、気になれば問い合わせ、見学もしました。

勉強のほかに技術も学べる私立の通信制高校を選んで、なんとか1年生を終えることができました。

週に数時間選択した授業に参加し、レポートを提出します。学期末にはテストを申し込んで合格点をとれれば単位がもらえます。赤点だと、追加に料金を払えば追試が受けられます。

説明を受けたときに卒業率が高いと先生がおっしゃっていたのが理解できます。正直簡単に単位習得できますので、卒業の認定は受けられますが、大学進学となれば特別に授業を受ける必要があります。

結局、本人は私を悲しませないために高校へ行っているようなものであると打ち明けられ、中卒でも構わない、授業を受けるのが苦痛であり意味が見いだせない、とのことで退学しました。

一時期病んでいた彼女のことを考えると、元気に健康でいてくれるだけでいいと私も考えを改めました。いろいろな気づきがあった経験です。

義弟の話になります。小さい頃に両親が離婚し、母親が育ててきました。

その義弟は全日制の高校に進むも、元々が勉強嫌いであったため高校の授業や環境になじめずに、高校2年生の時に半年間不登校という形になりました。

私も相談に乗るなどして、少しずつ心のケアを行い、不登校の間も家に引きこもるのではなく、外に出て体を動かしたり高校から出されたプリントでの課題を勉強していました。

高校3年に進級したことをきっかけに、再び高校に通えるようになり、本人の努力もあり無事卒業することができました。

進学先はアクセサリー制作の専門学校に本人の希望で進むことになりました。

専門学校は頑張って通っているのだなと思ったある日でした。
本人が全く専門学校に通っていないことが判明しました。

母親に確認すると朝に家を出発していて専門学校に通っていたと思ったら、学校に行かず夕方まで公園や商業施設で時間を潰していたのです。

多額の学費を振り込んでいたこともあり母親のショックも大きく、私も驚きました。

本人とも徹底的に話し合いましたが、結果として本人の意思を尊重し、退学の道を取ることになりました。

そんな義弟ですが、その後は様々な職種の契約社員で働き、今は知的障害者施設の職員として仕事に充実感を得ながら元気に働いています。

本人

私は、中学1年生~2年生まで不登校でした。

いじめを受けたことが原因でした。高校は普通のレベルの全日制に行きたいと思っていました。

いじめの主犯・実行犯が軒並み学力が低く、偏差値の低い高校や定時制に行くので、同じ高校だけは嫌だったからです。
 
内申点が必要だったので、3年生から、いじめに関わった人とは別のクラスにしてもらい、クラスか保健室のどちらかで登校しました。

高校選びには、絶対に不登校だったことがバレないことが一番のポイントでした。
 
結果的に、同じ中学の人が全くいない私立高校に入学しました。高校にはなんとかなじみましたが、中学の二の舞にならないよう、気を張りすぎて疲れました。

ただ、ちゃんと登校はしていたので、大学への進学もできました。
 
しかし大学でまた不登校になり、休学した末に退学しました。
よく考えてみると、いじめがなくても、そもそも「学校」自体が嫌いでした。

大人数での社会生活はもちろん大切なんでしょうが、色々なものが気になりすぎて疲れる。
 
大人になってから、「学生に戻りたい!」という話がよくありますが、私は絶対に、どの学校にも戻りたくないほど苦痛でした。

今思えば、高校は通信制にして、大学は行かずに就職すればよかったと後悔しています。
 
そうすれば、私立高校と大学の学費を親に負担をかけずに済んでいたのに…と思います。

不登校の原因が「学校そのもの」なのであれば、無理に普通の学校の形を選ばないことをおすすめします。

県外の学校(全寮制・全日制)に進学した体験談です

私は中学生時代に不登校をしていました。通ったのは入学してからの3ヵ月間だけで保健室登校もできない状態でした。
 
 学校に行けなくなった理由は、小学生時代に仲の良かった友達とクラスが別になったことからでした。それは小学校の担任の先生が他にも新しく友達を作れるようにと気をきかせてくれたものだったようです。
 
ですが、当時の私にとってはクラスを別にされただけでこの世の終わりだと思ってしまったのです。ほぼ中学の3年間、自宅で引きこもり不登校生活をしていました。
 
中学の担任の先生は親身になってくれて、毎日のように学校が終わってから訪ねて来てくださり、色々な話をしてくれました。
 
ずっと引きこもっていましたが、家事、掃除や料理などの家のことは母からするようにと任されていました。また、母とは毎日交換日記もしていました。
 
最終学年になったとき「このままではダメだ」と思って高校進学も考えるようになりました。それでも学校に行っていないこと、勉強をしていなかったこともあり、通常の高校はまず無理でした。
  
そこで、先生から不登校児や、障がいを持っている人、事情があって進学ができなかった人などが通っているという全日制の県外の高校を勧められました。
 
その高校を受験することにしました。筆記テストと親同伴での面接がありましたが結果は合格でした。県外の高校ということもあり寮生活だったり、同級生に年上の方がいたりなど様々な人が通っている学校でした。 

でも、全日制なので他の学校と比べて何か変わった点があるわけでもなく、校則も厳しい方だと思いました。学校の雰囲気も特別何か違うところもなく、本当にごく普通の高校という感じです。
 
私は両親を安心させたくてなんとか頑張りました。でも人間関係の悪化から高校中退となってしまいました。両親はガッカリしましたが、私が前向きに自分の力で一歩を踏み出したという事実を喜んでくれました。
 
学校はもちろん大切ですが、引きこもりの時間も長い人生の中で大切なものだと思います。なんでも一人で背負ってしまう子どもならなおのことだと思います。
 
人生は一度きりだと言いますが、実際 やる気さえあればいくらでもやり直しはきくものだとも思います。
  
大切な子どものためであれば、子どもが選んだ道を応援してあげるべきです。その先にどのようなことが待ち受けているとしても、背中を押してもらえた子どもは嬉しいです。それは、子どもの自信にも繋がると思います。
  
不登校というとあまり良い印象は持たれませんが、その子の成長に必要な期間だと思えば良いのではないでしょうか。

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