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不登校その後|通信制で高校卒業資格を目指した体験談を紹介

高卒資格
そら

実際に経験した、ご本人やご家族のお話を、内容ごとに分けて少しずつ掲載していきます。

娘が中3で進路が決まらない頃、どうしようもなく不安でした。
状況を説明し、参考にしたい、希望がほしいと募集しました。

この記事では、不登校の経験をして通信制高校に進み、高校卒業資格を目指した方の体験談を紹介しています 。

本人

私が不登校になったのは、高校時代です。半年ほど不登校だったのですが、そこで単位が足りなくなり、中退するか留年するかになり、中退を選択しました。

当時の担任の先生の勧めもあり、NHK学園高校に編入、卒業することができました。なぜそこを選んだのかというと、本校に通いやすく、自分のペースで勉強が出来るということを考慮して先生や家族と選びました。

基本的に月に一度のスクーリングと自宅学習です。通信制というと、勉強をただやる感じのイメージですけど、体育や文化祭などもありました。

担任制で、月に一度のスクーリングの際に、ホームルームがありました。通信制高校には、色々な悩みを持って、そこを選んだ人が多く通いますから、そこで色々な方の経験談を聞けたのは、勉強や単位よりも自分の人生にとって大きな財産になりました。

色々な通信制高校がありますが、NHK学園は都内の本校だけではなく、全国各地にサポート校もあるので、学びやすい学校だと思います。

月に一度のスクーリングも、予定や体調で日にちを変更できるので、自分にあった学び方で単位や資格が習得できます。

本人

中学2年の後半~不登校になりました。

周りの同級生は学校へ行って授業に出ているのに、自分は教室に入ることができない。人が当たり前にしていることが出来ない苦しさがありました。

学校が変わればきっと大丈夫だろうと高校は普通科に入学しましたが、結局通学することが出来なくなり・・・。 中学と違い高校では出席日数が足りず、あっという間に留年か退学の二択を迫られることとなりました。

学校をやめたところでやりたいことがあるわけでもなく、なかなか外に出ることも出来ず働けもしない。何をしたらいいかわからなくなったときに相談室の先生から通信制高校というものがあると教えてもらいました。
 
通信制高校は授業回数が少なく、主にレポート提出で単位が取れるということ。高卒の資格は欲しかったので通信制に転校することにしました。
 
結果、私にとって通信制高校進学は正解でした。無理に教室という空間に座らされずに済む。そして、もともと勉強をすることが苦ではなかったので、自分のペースで学べることもとてもよかったです。

スクーリングではクラス単位で授業ではなく出たい授業の教室に自分で向かうという大学の講義のような出席方法でした。授業がいっしょになる友人も出来ました。

普通科のように毎日毎授業クラス全員と顔を合わせるわけではないという距離感も気疲れせず、私にはちょうどよかったんです。

出席は希望制で体育祭や修学旅行などの学校行事もちゃんとありました。同級生に20歳をこえている大人の人もいたり、世代もいろいろ。

私が苦手だった「学校」というイメージとは違い楽しい学校生活を送れました。
 
高校を辞めてそのまま引きこもるという選択肢もありましたが、高校は出ておいてよかったと今になって思います。

教室に入れずとも、学校になじめずとも、今は学べる場もいろいろあるので、学校へ行けないからとあきらめず、自分に合った環境を探すと良いと思います。

不登校真っ只中のときはレールを外れてしまった自分はお先真っ暗…と思っていましたが、自分で選択していくことで不登校になっても楽しく生きていける道はあります。

今苦しい方、ご家族にとって良い道が見つかりますように。

本人

私は中学校に入学して、わずか20日で不登校になりました。いじめがあったわけでも、友人がいなかったわけでもありません。
 
しかし、髪ゴムの色や制服に関しての細かな規定に意味を見出せず、また両親ともにオルタナティブな教育に関心があったという環境もあり、不登校を決めました。
 
そして、自営業だった実家の手伝いや独学での学習、図書館へ通う毎日が始まりました。地域のボランティア活動にも参加するなど、けして暗い日々ではなかったものの、狭い田舎のコミュニティではなかなか受け入れられることではありません。
 
結局 その後、中学校へは一度も通うことはなく、卒業式の日はスーツを着て、ひとり職員室へ卒業証書を受け取りに行きました。
  
中学卒業後は通信制高校に通い始めました。金銭的な問題から、全日制の高校は、はじめから選択肢にありませんでしたし、私自身も公立の通信制高校の自由度に魅力を感じていました。
 
教室には髪を金髪に染めピアスがいくつも開いた男の子から、戦争で進学できなかったからと80代で高校生になったおじいさんまで、さまざまな人がいました。
 
学校へ通うのは2週間に1度ほど、残りは自宅でレポートを作成します。 勉強は中学校のおさらいのようなレベルですが、自分で決めたカリキュラムをひとりで進めるのは根気がいります。
 
入学した当初は同い年の人はほとんどいませんでしたが、半年ほど経つと全日制の高校から転入してくる人も多くなり、友人もできるようになりました。

体育祭や遠足などの行事もあり、仲良くなる機会は多かったと思います。
 
3年生になると同時に、ひとり暮らしを始め、専門学校進学の費用を稼ぐためにアルバイトに励みました。高校は無事3年で卒業することができました。
 
先生方は一風変わった人が多い印象でしたが、相談すると親身になって下さる方が多く、この高校で初めて「先生」というものを好きになれました。
 
友人たちも、家庭環境などさまざまな逆境の中にありながら必死に自分を見つめていて、同年代として尊敬できる人が多くいました。
 
また、ヤンキーとおじいちゃんが一緒に数学を学んでいる情景も印象的でした。人を好きになれた、それだけで通信制高校に通ってよかったと心から思っています。

本人

私はもともと中学も不登校気味でした。中学時代はマンモス校で他の小学校からも生徒が来ていました。他の小学校の生徒たちは、気に入らない事があると無視をする人間が多かったです。

体育のマット運動の際、私の前の人にはにこやかに応援をしていましたが、私の番になると無表情になり沈黙が流れていました。今でも忘れられません。
 
高校時代は、勉強は好きでしたが、クラスになじめなかったり、クラスメートの陰湿なイジメに嫌気がさして不登校になりました。

中学時代の友人はほとんど別の学校へ進学し、同じ中学の人と友達になろうと努力しましたが、話題が合わずに徐々に孤立していきました。

クラスでは、男子が根暗な男子や女子をいじめていて、私もそのターゲットにされました。

授業中、お腹が痛くなりトイレに行って帰って来ただけで「うんこ」と呼ばれたり、席の近くにいるだけで椅子を蹴られたり、クラスメートと話題で盛り上がっているだけなのに頬をビンタされたり…散々な学生生活でした。

担任は、見て見ぬふりで目立たない生徒には助けを出さない担任でした。学校に行く事が辛く、食事ができなくなりました。毎日死にたい、消えてなくなりたいと思うようになりました。内科を受診した結果、胃に穴が開く手前と医師に告げられました。

学校に行かなくなり2ヶ月、両親と話し合いをしました。父親の反対を押し切り高校を退学しました。高校1年の1月でした。
 
退学後、アルバイトをして過ごしていました。大学などに進学する友人達を見て「羨ましいな…」と進路に悩んでいると、中学時代の友人が通信制高校に入っていると言う話を聞きました。

友人から話を聞いて、通信制高校の仕組みを知りました。教科書を見ながらレポートを書いて、レポートでの疑問点はスクーリングで聞く。週に一度の登校日に先生に聞くという内容でした。

単位ごとに決められたレポート枚数と出席日数をクリアすると進級出来るシステムでした。クラスもありましたが、ホームルームだけ出席して、クラス単位の行事は自由参加でした。

色々な年齢の方がクラスメートにいましたが、交流する事もなく一人で黙々と勉強を進めて単位を取得しました。

自分のペースで勉強するシステムなので、だらしない人は何年も卒業できずに過ごしてる事が多いと担任から聞きましたが、私は3年で卒業できました。

親御さん

子どもが中学生の時に、半年間不登校になってしまい、学校に行けなくなってしまいました。中学生の時から学校に行くのがあまり好きではなく不登校気味でした。
 
中学卒業後、高校に入りましたが勉強が追いつかないと思って、やはり学校に行くのが嫌になりました。
 
1年までは何とか通えて勉強も追いついていたのですが、2年から頑張るのがしんどいなと思うようになり行けなくなりました。
 
でも、高校は卒業しておかないと就職とかできないのではないかと思ったので、通信制高校に通うことにしました。
 
通信制高校といっても、学校に行くのは月1回で良いので、それなら何とか行くことができました。あとは、自宅で学習してレポートを提出して単位を取得します。
 
おそらく全日制の高校よりレベルは低いのではないかな・・と思いますが、それでも高校卒業の証明が欲しかったので十分でした。
 
学校に行かない時はアルバイトをしました。アルバイトは学校と違って行くことができました。お給料がもらえるのでやりがいがあったようです。
 
今は通信制高校も、自分のやりたいことを目指せる学校が増えているみたいなので、昔より選択肢が広がって良いなと感じます。
 
高校は出ておいたほうが良いというのは、アルバイトをしていても感じた部分なので、今悩んでいる人は何とか高校卒業の資格だけでも取られると良いと思います。

本人

私の場合、中学から不登校でした。勉強は塾で学んでいたので、高校には無事進学することは出来ました。
 
しかしながら、中学で不登校であることが周囲にわかると、問題児扱いされ、再度高校にて不登校になりました。
 
その際、私を不憫に思った両親が取った選択肢が通信制高校に通うというものでした。
 
学校で高校の授業を受けながら、自動車の整備士とか溶接とかの免許を取得することが出来るという学校に通うことになりました。
 
 ちなみに私の場合、中学は2年不登校で高校は2年不登校、合わせて4年不登校でした。
 
それを考慮して言いますと、私が通っていた通信制学校と言うものは年齢層に縛られず、生徒の方も様々です。お爺さんと言われる年齢の方も普通に授業を受けて高校生活をエンジョイしてましたし、訳ありの方が多く通っていました。
  
そのため、まず、いじめられるということはなく、先生となる講師の方も、そうした生徒がいっぱいいるということで優しく指導し、何をしたら危ないということを事前に教えてくれました。
 
かなり先生は体を張ってまして、溶接の授業の際、わざと失敗し金属を爆発させることで、こうなるから危ないから絶対にしてはいけないことだよと教えてくれました。
  
授業料は年間130万ほどですが、無事3年で自動車の整備をする整備士になれた上で就職できましたので、個人的な意見ですが、通いやすい上に、なおかつ資格を取れたことは大きいです。
 
ですので、不登校で悩んでいる方がいるのであれば、まず、資格とかも在学中に取得できる通信制高校と言う道を探すのもよいと思います。
 
ちなみに私の通っていた学校は、現在ではネット授業にも対応しており、顔出しエヌジーでも学習できるなど、更に学習環境を整えており、試験を受け無事卒業すれば、学校の卒業証書も郵送で送られてくるらしいです。

本人

私は中学校3年生で不登校になりました。小学校4年生ぐらいのときからいじめをうけていて、がんばって学校には通っていましたが、蕁麻疹が全身に出てしまい、もうダメだということで完全不登校になりました。

しばらくの間は父親が分かってくれなくて、家庭内の中もとても大変でした。しかし、ある日、私がどれだけつらいかということをぶちまけてからは、何も言わなくなりました。

それからは中学校の一年間は完全ひきこもり状態で家を出るのも怖かったです。

高校生になってからは、高校にはとりあえず出ていこうとおもい、通信制高校に通うことにしました。
サポートしてくれるサポート高校にも通いました。つらいと思うこともありましたが、最後まで通い卒業することができました。

その間に、私は精神的に鬱っぽく精神病院などにも2つほど通ったのですが、どの先生もまったくダメでした。
「先生」になるような順調な人生を送っている人に不登校児の気持ちは分からない。痛感したのを覚えています。

親御さん

娘は、小学校の時からあまり学校には行けませんでした。生まれつきの発達障害がありコミ症で、なかなか友達を作ることが出来ませんでした。

それでも親も頑張り、年間半分から3分の2程度は登校していましたが、小学校4年のあるとき娘から初めて告白されて私もびっくりしたのが、1年生の時から同じクラスの子にズッといじめられてたらしく、その子がそばにいると辛いので学校の席を少し離して欲しいという希望でした。

担任の先生にその旨伝え席替えの前日にそのいじめっ子の席を娘の席と遠ざけて欲しいと頼みました。ところがびっくり、いざ席替えをしたらそのいじめっ子は娘の席の真後ろでした。

娘は学校から帰るなり明日から学校には行けないといいました。席替えで娘の席の真後ろにいじめっ子が来たことを知った私は、すぐさま担任の先生に再度いじめっ子を娘の席から離して欲しいと頼みました。

しかし、仲良くなって欲しくて席を近づけたので離すつもりはないと言われました。話になりませんでした。

それから娘は完全に不登校になりました。こんな先生がいるのかと思いました。私の考えが間違っているのかと思い当時親身になってくださってた教頭先生に相談したところ、それは担任の先生が間違っていると仰って、すぐさまいじめっ子の席を娘の席と離してもらえました。

しかし、時すでに遅しで娘は学校が怖く、担任の先生が怖くなりその後4年生が終わるまで1日も登校できませんでした。

小学校、中学校と不登校だった娘の転機は高校でした。中学校は1日も登校せず、高校進学はしないと言っていた娘がある通信制高校の体験入学のはがきをもらってきて、体験入学に行ってみたいといいました。

それからはあれよあれよと高校進学が決まり、いろいろ大変だったこともありますが無事卒業することが出来ました。

本人

中学校時代は優等生と周りから言われるほどに勉強に励んでおりました。
将来の事は特に考えていた訳ではありませんが、母も教育に熱心だったため特に疑うわけもなくテストで点数を取る事が当たり前だと思っていました。

高校は地元では上位の進学校に難なく進学しましたが、悪友とわざと授業をサボってみたりすることを格好良く思ってしまったり、喫煙、パチンコ、麻雀等することを楽しく感じてしまい学校に行かなかったり、行っても朝から友人とパチンコや麻雀で遊んでから午後から登校するような毎日でした。

それでも担任の先生のお陰でギリギリながらも3年生まで進級は出来ましたが、その先の進路を考えるのも嫌になり学校に行かなくなりました。結局3年生の秋に単位が足りなくなり、留年となりました。

親には学校をやめると伝えましたが、その時も担任の先生が根気よく私を説得して下さり、もう1年頑張ってみようと思えました。

4月から下の学年の子と頑張ろうと学校に行ってはみましたが、そんなに甘いものではなく5月にはまた不登校になりました。

本当に辞めようと思ってましたが、担任の先生だけは諦めていませんでした。このご時世に高校くらい出てないとお前が困るからと、何回も説得してくださり、通信制高校をすすめられました。

日曜日だけ学校に行き、普段はアルバイトをしながらレポートという形で勉強していくものでしたが、似たような境遇の人も多かったため、逆に楽しんで卒業までたどり着けました。今でも先生には感謝しております。

本人

小学生の頃から学校が合わず、6年間とも年間30日以上学校を休んでいました。いわゆる不登校状態です。

中学校に入っても同じだったのですが、3年生の秋に重度の鬱病を発症しました。結果学校にはほぼ行けなくなり卒業後すぐの高校進学も諦めました。

ただ、母が昔通っていた通信制高校が通学圏内だったので興味を持ち2年遅れて公立の通信制高校に入学できました。

受験はなかったのですが、入学後学校でのレポートは少し苦労しました。先生に聞いたり友達に教えてもらい、サポート校に通わなくても3年で卒業できました。

心配だった体育の授業も優しい先生でよかったです。様々な背景を持つ友人ができ、文化祭で舞台に立てるまでに回復しました。

1年生から2年生に上がる春休みには授業前のアルバイトも始め、卒業後しばらくまで続けられました。人生初めての就労です。

学校では先生とも仲良くなり、一緒にラーメンを食べに行ったり、遠くに住む友達の家を訪ねたり、それまでには考えられなかったほど行動範囲が広がりました。

社会科の先生がフランス語の同好会を開いてくれて友達と参加しました。その友達はフランスで音楽家になり、自分はフランス人と結婚して今に至っています。

40歳頃に発達障害がわかり今は年金と就労継続支援A型の賃金で夫婦二人暮らすことができています。

親御さん

本人曰く、担任の先生と合わないから行きたくない。しかし、どうやらそれは本当の理由ではなく、友達と上手く仲良くできなかった所に原因があった様子。

これから高校、大学と順調に進んでいくと周囲に思われていたが、そうではないというギャップ。腫れ物に触るような親戚の目などが辛かったです。

克服したのは環境を変えてあげたことです。結局、同じ学校に復学することはできませんでしたが、不登校の子が集まる通信制の私立もあるので、本人がここなら行きたい、と思える環境を作ってあげること。

将来何になりたい、どんな人になりたい。そういったイメージを遂げていくためには、やはり学校に行って勉強をすることは大切です。今の環境が嫌だから逃げる、ではなく、より良い環境を自分で見つけていくことも大事だと思います。理解してくれる人、学校、友達はきっといるので諦めないでください。

無理に行かせようとしないでください。子供もプライドがあるので、友達から仲間はずれにされているとか、勉強についていけなくて不安だとか、マイナスの要素の事をすぐ口を割るとは限りません。

不登校の理由を親が誤解していることも多々あります。なので、自分の子供が悪いとも、友達が悪いともすぐには決めつけないで。新しい学校を探してあげるのも一つ。習い事などで集団生活に慣らしていくのも一つ。焦らないで下さい。

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監修:山口 教雄, 編集:学びリンク編集部, イラスト:藤島 美音
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他にも不登校を経験したご本人、ご家族、また、先生など関係者の方々の体験談を多く紹介しています。

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