不登校児の親御さんへ経験から伝えたいこと|学校と情報の取捨選択

気球と紙飛行機
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先が見えないって不安ですよね。
あせらず、子ども自身の心が動くタイミングを待つ。

そら

それっていつまで?
ひきこもって自立できなくなったら?

心配は尽きないですよね。学校とのやり取り、しんどくなってきますよね。

そら

この記事では学校、不登校について、同じ立場として感じていることを書きます。

当サイトでは不登校を経験した本人、家族、関わった先生方の体験談を募集紹介しています

もくじ

見守ると登校刺激|学校への復帰と行かない選択について

不登校の子を持つお母さん達と話していると、考え方の違いで分かれるのはここです。
ここに線引きがある感覚があります。

「信じて見守る」ってよく言います。
何もしていないわけではない。様子を見ている。そして、いざとなったら守る。

あえて声かけしない。親が誘導しない。
この見守るの境界線が今でも難しいです。これでいいんだろうかってふと思う。

学校を基準に考えると対極な気がするけど、もっと先を見たら同じなんです。
子どもが元気でいること。笑顔でいること。子どもの幸せを願っているのはみんな一緒です。

そら

学校に行かせようとしたこと。
学校から離れようとしたこと。
私はどちらの経験もあります。

小学校に入学してすぐに「学校に行きたくない」と泣きました。
夏休みまで、休んだり付き添い登校をしました。

今と同じように病院に行き、カウンセリング(私だけ)も受けました。
この時は自然と学校に戻っていきました。

そら

原因がわかりやすかったから?
初期対応が良かった?

いじめもあって、そこは解決に向けて学校と話しました。
戻れる時期だった。今考えると、ただ、それだけかもしれません。

中学2年になって不登校になった時も、最初は同じように思いました。
また、しばらくしたら登校できるようになる。

あの時と同じように学校への復帰を目指しました。

でも、今回は違ったんです。低学年の頃と思春期は違い、もっと複雑でした。
娘は学校に行くのが怖かった。私は不登校となるのが怖かった。

気持ちによりそわなかった。娘の心が壊れていった。
どうしても行けないんです。今回は不登校になった時点で限界に達していました。

まずは、心を回復させることが優先だと気づいた。
だから、学校から距離を置きました。学校に行かない選択です。

同じ子どもでも成長過程と状況で違ってきます。

そら

試行錯誤してここまで来ました。

「お母さんが変わったほうがいい」について

「不登校の親の特徴、親の対応」「まずは親が変わる。」これもよく聞きますよね。
この言葉にとらわれすぎると苦しくなる時があります。

自分のせいでこうなった、変わらなきゃって思いました。
特に二次障害と言われた時は自分を責めました。一番つらかった。

子どもを見てきて思ったんです。そのままを受け入れる、できない部分も含めて。
「そのままでいいよ」って言われた方が気持ちが楽になる。だって、今が精一杯だもの。

そら

じゃあ、変わらなくていいの?

自分で言うのもなんですが変わったと思います。
なるべくポジティブにと思っていますが、もとが心配性です。

やっぱり、どーんって構えているのは難しい。いっつも大らかでいるなんてできない。
ただね、価値観が大きく変わりました。今までのあたりまえがあたりまえじゃない。

いろいろ知っていくうちに視野が広がりました。
フィルターがなくなったら、不思議と違うものが見えてくるんです。

価値観が変わったら、自分自身が楽になりました。
なんとかなる。大丈夫だと思えることが増えた。

そうすると娘も穏やかになる。安心感が伝わります。
気づいたら自然に変わっていた。結果論ですね。

不登校になる前、過保護、過干渉だったって思う部分はあります。
これも、見守っていくうちに口を出さなくなりました。

自分から動くのを待っています。自分で決める。
そうしないとうまくいかなかったからです。

この過干渉についても、発達障害があるかどうかで変わってくると思います。
一概には言えないんです。必要なサポートもあるから。

そら

親だけのせいじゃないです。
お母さんのせいだけではない。今はそう思う。
不登校って、そんな単純ではないです。
学校に行けないだけで子育での失敗ではない。
明るい不登校にも無理してならなくていい。

「学校に行かなくても大丈夫」について

学校に行かなくても大丈夫だと思っています。
「も」です。←このニュアンスの違いは大事。

学校に行けるようになったら行った方がいい。
行けない状況の心と身体なら、その時は行かないほうがいい。

学校は心を壊してまで行くところではない。
家が唯一の安全基地であれば、ひきこもる期間も必要。

学校以外に居場所を見つけたらそれもいい。
諦めるのではなくて、別の選択肢、別の道に行く。

「行きたくても行けない子」については、ちょっと分けて考える必要があると思っています。

「学校、行かなくていいよ」と言ったことで落ち着いた時期もありました。
でも、しばらくすると「学校に行かなくてもいいと言われるのが嫌だ」と言いました。

最初は心の中がうまく伝えられない。本人にもわからないから、何を聞かれても答えようがない。
でも、しばらくすると、心の中で起きていることを伝えようとします。

学校には行きたい。みんなと同じように行きたい。友達に会いたい。
でも、どうしても行けない。だからどうしていいのかわからない。

矛盾してますよね。親も振り回されちゃうよね。
同じで、子ども自身の心の中もぐちゃぐちゃ。希望と現実に葛藤し、苦しんでいます。

できないことで自己否定感がどんどん強くなります。
気持ちによりそうなら「行かなくていいよ」はちょっと違うんですよね。

「否定されているように感じる」と言われました。これだと自己肯定感がさらに低くなる。

行けなくても大丈夫だけど、行けるかもしれない学校を探してみよう。
ころころ変わったとしても、その時の感情に寄りそう。

そんな思いで情報を集めてきました。

情報の選択を

不登校の子どもたちは増え続けています。調べると、いっぱい情報がでてきますよね。
経験者や専門家の話はとても参考になります。

SNSなど親や子どもたち自身も発信できる時代となりました。
リアルな心の中をつぶやいています。その声を多くの人に伝えることができます。

不思議に思っていたことが、なるほどって腑に落ちたり。
うんうん、わかるって共感したり。自分だけじゃないんだと自然と涙がでることもありました。

その一方で、なんか違う、そうじゃないって感じることもありました。
しんどくなる時もあるんですよね。それがどんな正論だとしてもです。
正論って、こんなに心に刺さるんだと知った。

「一番つらいのは子ども」これもよく言われますよね。
そうなんだけど、親だってしんどい時はしんどい。

何もかも受け入れられるわけじゃない。投げ出したくなる時もあるよ。
特に、完全不登校となるまでの2ヶ月ぐらいはしんどかったですね。

車の中で泣いたこと、もう消えちゃいたいと思ったことだってあります。
時には泣くことも必要です。なんでも我慢していたら心が折れちゃいます。

お母さん自身の人生を楽しんでと言われても、それどころじゃないんだよね。
これだって、時期があります。楽しもうと思えるまでに。

子どもはみんな違う。不登校のパターンや時期によって、対応の仕方は変わってきます。
親の受け止め方も時間とともに少しずつ変化します。

不登校の子どもの段階、親の気持ちで、受けとる情報の価値が変わってきます。
それに、その子にとってはそれが良かった。どれも結果論です。

自分もこのブログにいっぱい書いています。
伝えたいことがたくさんあふれてきます。どれも、その時の正直な気持ちです。

それ違うなーと思ったらスルーしてくださいね。
親御さん、子どもさんにとって必要な情報だけを選択してください。
情報も必要だけど、そこから逃げることも必要。

不登校への理解は以前よりは進んできていると感じます。
道が増えてきています。小さな道も広がってきています。

そら

きっとなんとかなる。大丈夫
無責任に聞こえるかもしれませんが、大丈夫って伝えたい。
私があの頃、大丈夫って言ってほしかったから。
いつもそう言い聞かせてやってきました。

最後に

「365日の紙飛行機」の歌詞が好きです。

朝の空を見上げて今日という一日が 笑顔でいられるようにそっとお願いした

その距離を競うより どう飛んだか どこを飛んだのか それが一番 大切なんだ
さあ 心のままに

距離ではなくて、どこをどう飛んだか。

見上げたら空は広い。ここだけが世界じゃない。

周りを気にしなくて自由に飛べばいい。

自信をもって羽根を広げれば、きっとまた飛んでいける。

そんな想いをこめて、アイキャッチ画像に紙飛行機と気球を選びました。

『大丈夫』

気球と紙飛行機
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