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不登校の娘と家族関係|父親の無理解、無関心から同じ方向を向くまで

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今は、主人と娘は仲良くしています。二人で出かけることもあります。

不登校になる前と変わりません。今の方が仲良くしているぐらいです。

でも、顔も合わせない、怖いと逃げる時期もあったんです。

そら

この記事では、不登校の娘と父親について書きます。
同じ親なのに、母親と父親って違うんですよね。

目次

思春期、反抗期

そもそも、中学生、高校生の時期って、ちょうど思春期、反抗期なんですよね。

特に女の子は父親との距離が出てきます。

赤ちゃんの頃からパパっ子だったけど、だんだんと話さなくなっていました。

学校に通っていた頃も、食事以外は自分の部屋にいる。一緒にいてもスマホを見てる。

何か困ったときに相談するような雰囲気ではなかった。

今思えば、不登校になる前も子育て、特に学校のことにはあまり関わってません。

そら

急に関わったところでうまくいかないですよね。

母親と父親の初期対応の違い

主人は私と違い楽観的で前向きな人です。

不登校になっても怒ることはなかった。

私が何とかしなきゃと必死だった初期の1ヶ月ですね。

私一人が病院に通った。学校とのやり取りも連日していた。

感情的になっていたし疲れていた。

主人はそんな私達を気晴らしに観光地に連れて行こうとした。

まだ、コロナ禍の前です。学校の話はあえてしなかった。

どちらかといえば理解がある方でした。

そら

父親だけは味方だと思っていたんですよね。

父親のたった一日の登校刺激の影響

冬休みが明けて3学期の始業式を迎えた朝、主人が休みだった。

そして「学校に行かせようと思ってる」と言いました。

不登校となって、まだ1ヶ月。ちょうど3学期の始まり。

このまま休み続けたら余計に行きづらくなる。

冬休み中は元気だった。起立性調節障害の症状も落ち着いてきていた。

メンタルが影響するからね。みんなが休みの間は元気になる。

本人も「3学期からは学校に行かなきゃ」と言っていた。

そこを背中を押したつもりだった。

この時だけなんです、登校刺激をしたのは。

今、勇気を出したら、そのあと楽になる。朝から説得をしました。

私は、やっと真剣に向き合ってくれたんだと思った。

でも、玄関まで行ったけれど行けなかった。

泣いて、うずくまりパニックになった。

そら

この時から、お父さんが怖いと言って逃げるようになった。
主人が休みの日は顔を見るなり部屋にひきこもった。

不登校の子に言ってはいけない言葉

主人が娘に言ったこと

嫌なことがあっても会社に行って仕事をしている。

お母さんも苦しんでる。辛いのは自分だけではない。

嫌なことから逃げてばかりではだめだ。

子どもの役割は学校に行くことで、父親の役割は仕事をすること。

いい時ばかりではないし、大変な時もある。それでも頑張ってるんだと。

言ってることは正論。間違ってはいないんです。

でも、心の病気なんだからできない。

自己防衛で逃げるしかない時期。家が唯一の安全な場所。

そこから無理やり出そうとした。

学校に行きたいけれど行けない。学校が怖い。

その気持ちをわかってくれない。もう話しても無駄だ。心を閉ざした。

そら

娘が「お父さんは自分のことが嫌い。ダメなやつだと思ってたんだ」と言った。
おとなしい子が急に変わって反抗的になった。

悪循環、家庭崩壊

娘が避けるから、主人は休みの日も一人で外に出て行く。

私一人で学校のやり取り、病院、カウンセリング・・・どんどんストレスがたまっていった。

仕事で疲れて帰ってきても、今聞いてほしいから話す。

言い合いになる。怒鳴り声が響いた。

この状況になると、子どもは部屋から出てこないし、自分のせいでこうなったと責める。

どんどん悪循環に陥っていった。

そら

家庭内がめちゃくちゃに、家族がバラバラになった。

夫婦の温度差と時間差

娘に起きていることを何度も話した。でも理解できないと言った。

一度だけ病院に一緒についてきてもらって、主治医が説明した。

それでも理解できないと言った。

心の問題、発達についても、どれも違うと言った。

私は娘の姿を毎日見てきた。生まれたときから感じていた違和感もある。

繊細さやこだわり、生きづらさ。いろんな背景がわかってきた。

理解というか、受け入れていった。

それだけ長い間接してきたから。

時間はかかったけど、少しずつ受け入れていった。

だから、主人と時間差があるのは仕方がないんです。

そら

あとね、私は自分を責めた時期があったけど、主人は思わない。
ここは母親と父親の違いなのかな。

無関心、周りを頼るきっかけに

理解はできないけど、もう何も言わないと言った。

娘が拒絶している間はそれしかできない。どうしようもないって。

結果、無関心の立場をとることになった。それが精一杯だったんだと思う。

これは見守るとは違うんですよね。私も苦しくて助けてほしかった。

この状況を医師に相談した。

母親一人でやっていたら、子どもの心の回復も時間がかかる。

周りに助けを求めるようにと。

そら

そんなこと言われても、部屋にひきこもってるのにどうしたらいいの?

診察室になんとかして連れてくるように言われた。

医師が無理に動かそうとしたのは、この時だけです。

それだけ追い詰められていたんですよね、私も娘も。

それまで、診察は私一人だったんです。娘が行けなかった。

本人と話して、公認心理師のカウンセリングにつなげようと言われた。

一度家に帰ってから、娘に言った。何も話さなくてもいいから一緒に行こうと。

無理だと思ったけど、すんなりと車に乗ってくれた。久しぶりに診察室に入れた。

娘自身も部屋にずっとひきこもっていて、きっと不安のピークだったんだと思う。

医師は学校は行かなくてもいいよ。大丈夫だからって話した。

ウィスクの検査、カウンセリングに進むこととなった。

医師のすすめに首を縦に振った。

そこからずっとカウンセリングを受けています。

不安になると、自分で回数を増やします。

カウンセリングって大切です。私自身も別で心療内科に通っています。

そら

家庭内の関係が崩れているときは、第三者の力が必要。
ただ、必要としたときに、すぐに繋がれればいいんだけど、時間がかかることもあるんですよね。

家庭内のバランス

時間が経ち、少しずつ娘の心が回復していきました。

私も感情的になることが少なくなっていった。

助けてくれる人、相談できる人がいるのは心強い。

同じ方向を向いた方が回復は早いと言われました。

でも、夫婦二人で深刻に悩むより、どちらかが無関心の方が良かった気もするんです。

それが、子どもにとっては楽で安心感となる。

不登校前のように戻っていっただけなんですよね。

そら

合同説明会で、夫婦そろって参加している姿を見たときは羨ましいって思ったりもしたけどね(^^;)

進路について一人で動くのは正直大変でした。
でも、これも口を出さないでくれていたから良かったのかもと今なら思えます。

今の状況|心の回復と時間

それぞれ価値観が自然に変わっていった。少しずつです。

もう十分悩んだ。楽しく過ごした方が、家族みんなにとっていい。

平日、他の子が学校に行っている間、家族で出かけるようになった。

そうすると、娘の罪悪感もなくなる。明るい不登校生活に変わっていった。

毎日を大切に、今できることをするだけです。

通信制高校に入学した今も波があります。

高校に行けても行けなくても私達は変わらない。

私も主人もまぁいっかと思っています。

たくさんのことを知った。視野が広がった。

今、娘はハンドメイドに夢中でオーダーを受けて販売しています。

15歳の子が半年で10万円以上稼ぎました。

引きこもっている間にやりたいことが見つかった。

第三者に評価してもらえるのは自己肯定感が一気に上がる。

楽しく作って売れて喜んでいる姿を見ると私達も嬉しい。

主人も娘の作品を見て、その才能を認めた。

好きなことをやらせた私のことも。

夫婦一緒に応援しています。うちの子天才じゃない!?って親ばかモードです。

気づけば同じ方向を向いていました。

そら

子どもの心の回復には時間が必要。
そして、親にも時間が必要なんですよね。
父親の方が母親よりも時間がかかりました。

今思うと、子どもがやりたいことを応援する。
親の希望ではなくて、子どもの希望を。
そうやって信頼関係をまた築きなおしたように思います。

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