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不登校から定時制高校に進学した体験談|大人になった今思うこと

定時制体験談
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実際に経験した、ご本人やご家族のお話を、内容ごとに分けて少しずつ掲載していきます。

そら

この記事では、 不登校の経験をして定時制高校(定時制課程)に進学、大人になった今、当時の経験を語っていただきました。

起立性調節障害で午前が苦手な子の進路の選択肢の1つとなります。
通信制高校にも、起立性調節障害の子はたくさんいます。
娘は通信制高校で午後メインでスクーリングに参加しています。

もくじ

定時制高校と通信制高校の違い|どんな不登校の子に向いてる?

そら

定時制高校は年々変化してきています。
今の定時制高校について少し触れます。

以前は昼間働いている人の高校というイメージでした。
今は不登校の子、起立性調節障害の子も多く通っています。アルバイトをしながら通っている子もいます。

昼・夜の2部制だけではなく、午前・午後・夜間の3部制、また全日制、通信制と併設している高校もあります。

学年制、単位制どちらもあります。通信制との違いは登校日数が多いこと。
通信制は登校コースを選ばなければ、年間の登校日数はとても少ないです。

そして、全日制に近い大勢の授業です。給食のある学校もあります(夜間の場合は給食を挟んで授業)
行事や部活もあります。

登校日数と集団活動が難しい場合は通信を選んだほうが卒業しやすいです。

午前からは難しくても夕方からは元気に通える。
全日制の雰囲気がいい。そんな子には定時制高校が向いています。

入試は、学力試験、面接となります。生徒の年齢層が幅広いです。

基本的に4年で卒業。学年制であれば4年。単位制で74単位を3年で取得し卒業できる場合もあります。
高校卒業資格は全日制・通信制・定時制、同じです。

定時制高校の多くは公立で学費も安いです。
私立の多い通信制とは逆ですね。通信制より数が少ないです。

公立の通信制高校の数の参考に

定時制高校に通った経験談紹介

本人

現在、私は30歳なのですが、中学生の時ほぼ不登校で引きこもりでした。
幼稚園・小学校からあまり人と上手くなじめず、小学生の時はいじめられてしまいました。
 
人に嫌われたくない一心で明るく振る舞っていたつもりだったのですが、その結果、中学生の時2つの女子グループに挟まれてしまいました。

どちらのリーダーにも嫌われてしまい、人が怖すぎて勉強も部活も素直に楽しめませんでした。その結果、不登校で引きこもりになってしまいました。 
 
今思えばこの時、両親には全く相談ができませんでした。お互いがお互い自分の事に精一杯になりすぎていたように感じます。誰にも上手く言えなかったので自傷行為によく走っていましたし、一人でいるのがとにかく楽でした。
 
受験が近づいてきた頃、保健室登校や部活に顔出すまでにはなりました。なんでそれができたのかなと思い返してみると、当時絵を描くのが好きだったのでそういう勉強をしたいと思って高校には行かなくちゃと漠然と思っていたような気がします。
 
好きな事があるとそれがキッカケで立ち直れる気がします。でも、好きな事をやるのに今の時代 進学がすべてだとも思いません。
 
中学生の時の成績がつけられない状態だったので、通信制や定時制の高校しか選べない状態でした。定時制の倍率が高い高校に受験しました。AO入試のようなシステムだったのでとにかく進学して絵を描きたいという事をアピールしました。
 
私が通っていた定時制の高校は、3部制になっており朝昼晩それぞれ四枠授業の枠があって、その四枠だけ単位を取ると4年で卒業できます。
 
例えば、昼の時間で入学できると、朝か晩の枠も1つか2つ枠が取れて3年で卒業できるというようなシステムでした。授業も介護系、情報系、美術系と専門の講師がいて、かなり自由度が高いです。
 
ただ、普通の高校より単位を取るのが簡単に設定されています。自分で選択して、自分でやる意識がないと、簡単に単位が取れて卒業できるため、なまけることもあります。
 
クラス編成はありましたが、授業が選択式だったので、授業によっては一緒になる生徒がバラバラでした。
 
学費が安いという点で通ってる生徒さんもいましたし、つらい思いをしてる生徒さんが沢山いたのをよく覚えています。

高校に入って初めて、色んな人がいるんだなぁと思いました。価値観が広がりましたし、この頃の経験が今自分のためになっている事を実感しています。

本人

かなり昔の話になりますが、私が高校1年生の時に不登校になりました。理由は高校受験です。当時の第一希望は、全国でも有数の進学校ではありましたが、残念ながら希望通りいかず落ちてしまいました。

一応滑り止めとして、別の私立は受かったていたので、そこへ進学する予定となったわけですが、当時一番つらかったのは、母親から「私が高校受験を失敗した理由が努力が足りなかったと言われた」ことです。「よそを歩くのも恥ずかしい」とも言われました。
  
この言葉を受けた当時の気持ちというのは、なんとも言えない屈辱感で、次に行動しようとする意欲までも失せてしまいました。滑り止めの高校へ入学しましたが、ほとんど学校へは行かず、最終的に退学となりました。その後、家を出てバイトなどをしながら生活を始めました。
 
そして私は、バイト先で出会った女性と付き合うようになり、いろいろと将来の人生について考える様になりました。その後、一人暮らししながら、コツコツと貯金をしていき定時制学校へ通う事にしました。
 
今の時代のように、オンラインでの授業や、こういった不登校な生徒を面倒見る機関が当時あったにせよ、心身に相談に乗ってくれる時代でもありませんでしたので、16歳から20歳までの間は自分にとって異常に苦しい時代でした。
 
今は、一般企業に入り、子ども2人に恵まれています。自分が経験した境遇にさせないように、息子、娘と接しています。

本人

定時制高校に通い、数年前に卒業しました。緘黙症があって、小学校後半から不登校になり、色々な精神科やカウンセリングを周りました。その頃、障害者手帳は2級でした。
  
せめて高校へ進学した方がよいとの親の勧めで、進学することになりました。
 
絵を描くのが好きなので、高認の授業があるアニメ系の専門学校も見学してきましたが、思ったより陽キャ?が多く苦手な雰囲気だったのでやめました。
 
また、貧乏だったので学費の高い高校にも行けませんでした。なので、近場にある定時制高校へ進学しました。通った高校についてまとめてみます。
 
試験(テスト)について
 
面接と筆記の2つありました。中学での勉強を一通り終わらせた人なら簡単に解ける試験ですが、名前は書かないと不合格です。面接はうまく話せなくても全く問題ありませんでした。
 
授業の様子
 
通学制で、午前や午後、夜間のクラスがあります。単位をとって進級する形です。私は最初の方も不登校だったので留年しました(汗)
先生はそんなに怖くないですし、私みたいな生徒も多いので手慣れている感じです。
 
先生は、日中働いている人もいるので授業中に寝ている生徒がいても多めに見ていましたが、授業を真面目に聞かない生徒に対しては厳しかったです。
評価も授業への出席の割合が多めでした。私は筆談で受け答えをしていました。
 
クラスの雰囲気
 
大人しい普通の人の方が多かったです。ヤンキーもいたし、年配の方もいました。バイトなどをしている人が多かったです。昼間部だったので、夜間部の生徒とは会いませんでした。
基本的に誰とも喋らずに過ごせました。
 
卒業について
 
基本的に定時制高校なので4年で卒業です。午後の授業などで単位を多めにとれば3年で卒業ですが、こちらは大変だと聞きました。
 
いじめも無く、今まで通った学校の中では一番まともでした。ただし、どこか不満足な面もあるので、定時制高校だから通いやすいというわけではないと思います。
 
後半になると緘黙症も緩和しました。高校生の時にいろんな人がいると知れたことは、定時制高校に通って良かったと感じている理由の1つです。
 
でも、個人的には、大人になってからの方が、ずっと自由で生きやすいです。

本人

中学の時にいじめにあい不登校になりました。親も味方になってくれませんでした。成績は当然のように落ちていきました。そういう問題を問題視しない学校で最悪だと思いました。
 
そうした事もあって、定時制高校に進学し通うことになりました。この高校は現在は通信制の高校となっています。4年制の高校で、私は通信制になる前の前の年に卒業しました。
 
でも今思うと、定時制高校で良かった面もあります。一般の高校と全く違う点があります。それは学校にアルバイトの求人がやってくるのです。某大手の企業から求人が掲載されていました。
 
もうずいぶん昔の事ですので記憶があいまいですが、担当の先生に早速アポイントをとってもらいました。しばらくすると採用の通知が来て、私はこの学校から、その会社に始めてアルバイトを紹介された生徒となりました。
 
自分は昼間の部で定時制高校だったので、午後アルバイトをして帰宅するという生活でした。丁度賞与の時期に入った事もあってアルバイトの給料より、賞与を先に5000円もらいました。その後、4万強の給料が振り込まれていました。
 
お年玉よりはるかに多い額に何に使おうか考えたものです。こういう体験は、普通の高校では今考えると味わえないかもしれません。高校時代の貴重な体験となりました。

本人

中学2年から3年の春まで引きこもりがちでした。

きっかけは、先生との意見の食い違いというか、自分には兄がいるんですが、俗に言うヤンキーみたいな感じだったんです。そして自分の住んでる地域に自分と同じ苗字が自分の家と、親戚の家の2軒しかないので、あいつの弟か、んぢゃダメだみたいな烙印を押されました。

先輩達もあの人の弟でしょ?みたいな感じで近づいてきて自分の存在はなんなんだろ?と感じて行きたくなくなってしまいました。

3年になってからは普通に行ってたんですが保健室登校が多かったです。担任の先生以外は信用出来ませんでした。
毎日電話をくれたり、1週間に1回家に来てくれて話をしてました。
来たくなったら学校くればいいと焦らないようにしてくれてたのを覚えています。

2年の修学旅行終わってから不登校になったのでそこから3年の春までは行事系は参加していません。卒業式は出ました。後悔したくないのと友達は普通にいたので思い出は欲しかったので。卒業写真は1人だけ端に別写真なってます。

外出は大丈夫でしたが、学校の人達が居ないところに行ってました。家では ゲームしてテレビを見て寝ての繰り返しです。

家族はみんな優しく見守ってくれました。兄からは後悔するからちゃんと行けと言われてましたけど。

最初は行かないで働くつもりだったのですが、友人が定時制に一緒行かないかと言ってくれたので行く決意をしました。

行って半年経って友人が辞めてしまったので、そこから行かなくなってしまいました。行事とかは楽しかったです。

嬉しかったのは友人や家族が何も言わず見守ってくれた事です。
強制されてたら反発するだけだと思います。あとはちゃんと毎日会話するのはいいと思います。

本人

私が不登校になったのは中学3年生の中程からでした。
友人は多く、虐めや勉強に追いつけないなどという事も無かったため、周りからしたら何故急に不登校になったのか疑問だったかと思います。

正直な話、自身で思い返してみても理由と言える理由は無かったかと思います。強いて言うのであれば”面倒になったから”でしょうか?

最初は1週間くらい休んでから行く、という思いだったのですがいざ行くとなると段々と恐怖が沸いてきました。周りからの目を想像してしまうとどうしようもなく怖くなったのです。

そこからは親に何を言われても行かず、行ったふりをして何処か別の場所で時間を潰していました。
私の家はマンションだったため、人が入れる大きさの宅配ボックスに入り内側から鍵をかけて携帯を弄って時間を潰しているときもありました。

そんなこんなで結局学校へは行かず、中学を卒業する事となります。
その後は定時制高校へ進学する事となったのですが、無駄にプライドが高い私は全日の人よりも長い4年間で卒業するという事に我慢がならず、高校1年生の後半で先生に高卒認定試験を取りたいという旨を伝え、授業終了後に特別授業をしてもらう事となりました。

他にも二人、授業を受ける人はいました。私はアルバイトをしていなかったため、昼まで寝て昼から夕方まで勉強、その後は学校といった生活を行い、その結果 見事合格する事に成功。専門学校へ進学し、現在は無事就職。

こう思い返してみると過去の私は何よりも”やる気”が足りなかったのだな、と思います。ですが、不登校であった自分を恥じる事は無く、今では逆に飲み会の際では笑い話としていい話のタネになっています。

本人

自分が中学の時にイジメにあい不登校になりました。なんとか週に3,4日出ることができ卒業しました。
しかし、自分では気づかないうちに人付き合いが苦手となり、高校を中退してしまいました。

その後、どうしていいのかもわからずブラブラしていました。高1の12月に中退し、1年ほどたったある日、家族会議で定時制高校に行くことになりました。
当時、自分は人付き合いなど無理だと思っていたため、イヤだったのですが、結果的に行って卒業できたので良かったと思っています。

当時は本当に駄目な人間で、定時制高校の願書を出しに行くのも、父親同伴で無理矢理行かされる始末でした。

この状態から卒業できたことにはいくつか理由があります。まず、登校を無理に強制されなかったこと。欠席をした場合、課題を出され、それを家でやるスタイルでした。
そのため、対人恐怖症のような状態の私でも、少しだけ頑張るスイッチを入れれば良いのでなんとかなりました。

それどころか、段々と苦にならなくなり、逆になにもない日常の中での唯一のイベントだったため、楽しみにもなりました。卒業まで4年かかりましたが。

定時制高校はいろいろなスタイルがあると思いますが、基本的にいろいろな人がいて、なにかしらで傷ついている人も多いように感じました。

卒業後は高校卒業の資格となるので、その後好きだったパソコンを行かしたいと思い、専門学校に入りました。

今では普通の社会人として生活しています。社会人として採用されてしまえば、あとはどこを卒業していようが誰も気にしないですし、そんな話はしなくなると思います。1度はずれた社会のレールに戻れたので、定時制高校に通って良かったと思います。

本人

中学1年の頃に不登校になり、それから中学卒業までほぼ学校に行きませんでした。

その数年間は精神的にかなりつらく、卒業後に一度就職しました。
しかし、職場では中卒だからという対応をされ、社会人としてやっていくには知識や能力だけじゃなく、外部にもわかる「学歴」が必要なのだと認識しました。

卒業した中学校に相談して定時制高校を紹介していただき、受験しました。試験内容は本当に常識問題にちかく、ほとんどの方が合格するという事でした。

しかし喜んだのもつかの間、高校で最初に教師に言われたのは、この教室にいる半分は卒業できない。働きながら学ぶという事は君たちが考えるよりずっと大変なんだと諭されました。

しかし私は中卒からの社会経験から、その状況で働き続ける事の辛さも知っています。絶対に辞めるわけにはいかない・可能なら卒業からの進学を目指したい。そう教師に話しました。

進学を目指すなら、ただ単位を取るだけでは足りません。好成績と内申点を意識して高校生活を送らなくてはいけません。

昼間は働き、夜は高校。しかも内申点を得る為には部活であったり生徒会などの活動も意識しなくてはいけませんでした。

私は生徒会書記に立候補し無事に当選、さらに成績は常に上位を取り、定時制高校から大学進学の推薦まで受ける事が出来ました。

最終的に大学も法学部に合格、本来は定時制高校は4年ですが、そこも通信制大学と併用という特殊な形で3年間で卒業しました。

あまりの忙しさと勉学の苦しさで、普通の高校生活というものを知らず、文化祭などもなく体育祭は夜なので体育館に限定という特殊な環境ではありましたが、その頃の苦労は 今充分に身になっていると感じます。

通信制大学との併用について調べましたが、中卒で通信制大学に行ける「特修生」の制度があります。
通信制大学で取得した単位を定時制の単位に振り替えたということでしょうか。そして、単位制の定時制高校を卒業し、他の大学へ進学。
(ご本人に聞けないのでわかりません)

通信制高校も、資格やボランティアなどが単位に振り替えができるシステムがあります。
相談すると、まだまだ知らない方法があるかもしれませんね。

本人

私は定時制高校に通っていて不登校となった時期がありました。
小中学生の時は少しのことで学校を休みがちではありましたが、大きな問題は起こらずに卒業できました。

高校1・2年生の時も不安定なところはありつつも、学校には通えていました。高校3年生の2学期頃から不登校が始まり、卒業の時期まで続きました。

今から考えると、不登校のきっかけは自分の気持ちを無視して無理をしすぎたことだと思っています。私は昔から内向的な性格で休みの日は家に一人でこもっていたいというタイプでした。

思春期を迎えたころから自分の理想とする性格を演じて過ごしていた気がします。休みの日は毎日友達と出かけて、行事ごとの運営や委員会には積極的に参加して、真反対の性格で毎日を過ごしていました。

そうしていた方が友達や先生からも評判が良いので、自分の気持ちを無視して過ごし続け、耐え切れなくなったタイミングで不登校になってしまいました。

私の場合は、先生方のフォローがあったおかげで高校卒業ができたと思っているので、定時制高校に通ったのは正解だったと思っています。

学校にうまく通えなくなった後も保健室に通わせてもらったり、個別で勉強を教えてもらって別室でテストを受けさせてもらえたりしました。卒業式に出ることはできませんでしたが、単位も足りたので高卒資格を得ることができました。

現在は普通に仕事をして結婚をして子育てをしています。不登校の時期を経験したことで、「無理をしない・周りの人を頼る」というのがどれだけ大事なことか分かりました。

現在も自分の心に正直に、無理をしないようにというのを常に心がけています。不登校の時期は本当につらかった時期ではありますが、私の人生として必要な時期だったのだろうと思えるようになりました。

本人

中学3年の後半から精神的に不安定になってきました。
中1から塾に通っていたのですが、高校受験が近づくにつれ、勉強が大変になり、仲の良い友達がストレスでやつれて塾を辞めるなどの影響も大きかったです。

塾を勝手にサボったこともありましたが家族は辛さを理解してくれず、ひどく叱られたこともショックでした。なんとか目標の高校に入れたものの、入ってからは燃え尽きたようでした。

入学式の準備もろくにしないまま参加したことを覚えています。結局周りの生徒と仲良くなることができず、無気力になり、何という原因はなかったのですが、教室に入れなくなりました。

ストレスの影響で腹鳴恐怖症、神経性頻尿などになり、数ヶ月後学校へ行けなくなり、家からも出られなくなりました。

せっかく受験して入った高校なので家族から説得され、翌年度にもう一度一年生をやり直そうとしてみましたが、数ヶ月でやはり周りの生徒との差を感じ、通うことができなくなりました。

高校を退学しようとしていたとき、スクールカウンセラーの先生から地域の定時制高校を紹介されました。実は当時とても辛かったためか、あまり記憶がないのですが、とりあえずそこに進路を決めたようです。

単位が足りず編入はできなかったので、また一年生からやり直すことになりました。入学してからは将来の不安と腹鳴恐怖、神経性頻尿のために震えながらやっとの思いで授業に参加していました。

家から出られなかったり、出ても不安に襲われて走って引き返したこともありました。何回まで欠席しても単位がもらえるのかを計算しながらギリギリで登校していました。

よかったのは生徒たちと先生方です。自分はそんな状態でしたので友達を作ることはあまりできませんでしたが、いろんな生徒がました。

高校生で一人暮らししている人やレーサーになる夢を持つ人、髪は色とりどり、そしてそんな生徒たちをあたたかく見守り、なにかあれば相談に乗ってくれる先生方がいたことが、心の緊張を少し緩めるというか、どんな生徒でも居場所があると安心できる気持ちになりました。

結局4年かけてなんとか卒業し、その後はギリギリ受かった公立大学に通うことになりました。そこでいい友達と出会い、ゆっくりと精神を回復していくことになります。

家から通える場所に定時制高校があったこと、そこを紹介してくれたスクールカウンセラーの先生に本当に感謝しています。

私は現在30代ですが、小・中・高全て不登校の時期がありました。
小学校では3年生の時に約1ヶ月、中学・高校は1年生の時に1年間不登校になり、高校は退学しました。

不登校になった理由は、担任の先生が暴力やヒステリックにキレる教師だったことと、いじめを受けていたからです。

高校ではいじめはありませんでしたが、今までのいじめの経験や、不登校で勉強があまりできなかったことで自信を失ってクラスメイトと普通に接することができず退学してしまいました。

田舎だったので中退したら犯罪者のような扱いを受けてしまうのでしばらく外に出ず4年程度家で引きこもり生活をしていました。

私が19歳の時に、親が他県にある引きこもりの若年者を定時制高校に通わせるために勉強を支援してくれる寮をインターネットで検索して見つけてくれました。

生まれ育った土地に全くいい思い出がなく、引きこもっていても仕方ないと思い、その寮に入ることを決めました。

そこで頑張って勉強して、定時制高校に入学できたのですが、寮生の同年代男子に見た目のことで酷いいじめを受けてしまいました。

ここでもまたいじめられないといけないのか…と落胆して1ヶ月ほど遅刻を繰り返したり不登校になってしまったために休学していた期間もありましたが、私をいじめていた寮生が地元に戻ることになったのできちんと学校に通うことができて無事に卒業することができました。

卒業するまでは、1年間休学した期間があったため5年かかってしまいましたが、そのあと専門学校に自ら進学することを決めて看護師免許も取れました。

辛い経験ばかりでしたが、引っ越して環境を変えたことでいろいろできるようになり、きちんとした職業の真面目な男性とも結婚できたので親元を離れるということが自立への第一歩になったなと思いました。

そら

定時制高校に通いながら高卒認定資格を取得した体験談もありました。
単位制であれば、高卒認定資格も単位に振り替えることができます。
そして定時制高校を卒業、もしくは高卒認定資格から進学。

高卒認定資格を取得した体験談は別でまとめています。

そら

他にも不登校を経験したご本人、ご家族、また、先生など関係者の方々の体験談を多く紹介しています。

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